ナイチンゲール先輩

“ われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん

わが生涯を清く過ごしわが任務を忠実に尽くさんことを

われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち

悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし

われはわが力の限りわが任務の標準を高くせんことを努むべし

わが任務にあたりて取り扱える人々の私事のすべて

わが知りえたる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし

われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん”

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これはナイチンゲール誓詞といって、戴帽式(現在では宣誓式)で暗唱される誓いの言葉です。でも実際はナイチンゲールの言葉ではないのよね。

ナイチンゲールが看護の道を目指した当時、ナースは病人の世話をする単なる召使と見られていて、専門知識の必要がない職業と位置づけられていたんです。彼女はクリミア戦争でイギリス軍に従軍し、負傷兵たちへの献身や統計に基づく医療衛生革命を行い、帰国後は看護教育にも貢献しました。

必要であれば相手が誰であっても直言を厭わない姿勢と、その働きぶりから、「ランプの貴婦人」「クリミアの天使」と呼ばれ、ナースが白衣の天使と呼ばれるのは彼女の偉業に由来しています。でもナイチンゲールはそういったイメージで見られることを喜ばず、こう言っています。

「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」

いや~すごいわ。(尊敬のまなざし)

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もうひとつの力

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妖精はいます!

ああ~待って、救急車呼ばないで。私は大丈夫。

今でこそ、架空の存在という距離感ではあるけども、子供のころは当たり前に信じていた、妖精や小人や妖怪の世界。道草をしながら小さな野の花や草の実や石垣の隙間に生えている苔を見つけては、これは神様が妖精のために作ったモノに違いないと思っていました。うーん・・・書けば書くほど心配になってきた。本当に大丈夫か?私。

だけど病院で働いていると、やっぱりシックスセンスというものはあるんだなあって思う出来事があったりする。そんな怪談話のようなおどろおどろしいものばかりじゃなくてね、こころがほっこりするような。あまり他人には話しませんが、いわゆる虫の知らせや、挨拶に来てくれたのね系のできごとはまあまあ起こります。祈りの力も確実に存在します。・・・そろそろヤバい人認定されそうなのでこれ以上は申し上げませんが。

最近は精神世界に傾いた人を「スピってる」とか揶揄したりするけども、目に見えるものしか信じない人生というのはあまりにも寂しい。そのバランスが難しいのかな。目には見えないものを信じる力を持っている人は、感謝する心を自然と持てる人だと思うんです。物質的世界と精神的世界のバランスが取れている人は話せばすぐにわかる。本当に純粋で魅力的だから。

元始 女性は

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生物学的にどうなのか知りませんが、男性と女性では圧倒的に女性のほうが強いです。精神が。

平均寿命なんてそれをよく表している。病院で働いてるとですね、ご主人が亡くなった後の奥様方がどんなにいきいきと病院ライフを過ごしておられることか・・・おっと、知らないほうがいいこともありますからね、これ以上は止めておきましょう。その代りにと言っちゃあなんだけど、男性は強靭な肉体や腕力を与えられたんじゃなかろうか。

男女平等の名のもとに無茶苦茶な主張がまかり通っている昨今ですが。そもそも男女は体の構造はもちろんのこと、脳の形状からして違うのにね。そりゃあこれだけの数の人間がいれば、仕事に生きたい女性も家事を好む男性もいますよ。性差と個性は全く別次元のシロモノです。

残念ですが、こちらが女であるというだけで見下してくる男性もいますし、理不尽な扱いを腹立たしく感じることもあります。人間だもの。そう、いろんな人がいて当然。そうじゃなきゃ世の中面白くないじゃない。差別差別と、ことさらに騒ぎ立てる人のほうが差別的思考の持ち主だったりします。

平等じゃなくて対等。男女の違いを認めたうえで、人間として正しく接する。違う視点でものを見たり、お互い足りない部分を補いながら生きていけたら。もっと脳みそを柔らかくして生きたほうが楽しいと思うんだけどなあ。そう思いません?(写真は本日のテーマをイメージして選びました)

 

そんな季節

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香川に帰っていました。

瀬戸大橋を渡りながら見る瀬戸内海や坂出の工場の灯りは本当に美しいのですが、車を運転しながら撮影できないので写真をお見せできなくて残念です。

人間の心にも季節のようなものがあって、ただいま思春期ど真ん中の次男はムカついてばかり。言葉で人を攻撃するタイプのようで、他の家族や兄弟間の折り合いもよくないらしい。でもまあ、この程度の荒れなら瀬戸内の波くらいかな。時期が来れば止むだろうし、遭難の心配はなさそうです。だけど息子の成長過程に少しは影響を与えないと、リコンして離れて暮らしているとはいえ母としての存在価値が・・・と思って諭すことに。

今はムカつくことが多いんだろうけど。そう感じる心をあなたが持っているのと同じように、相手にも心があるんだよ。だからもう少し考えて発言したほうがいい。

反発されるかもと思いましたが、意外にも素直にうなづいていました。

小さい頃、ぬいぐるみや寝ている兄弟にそっと毛布をかけていた姿を知っている母は、彼の心の根底にある優しさを信じています。だから今すぐ行動に移せなくても、考えるきっかけになればと思う。離れているからこそ見えること、離れているからこそ聞けることもあるのかなあ・・・なんて、自分の中の罪悪感をなだめながらつぶやいています。

 

 

プランツマニア

庭ブログなのに植物のこと書かずに最近はつぶやいてばかりでした。植物のこととなるとかなりマニアックな内容になってしまって、お——い? ついてきてる? って感じになるので・・・でもたまにはちゃんとしないとね。

今日はヘリクリサム・ペーパーカスケイドです。

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ガーデニングを少しでもかじったことのある方には、ヘリクリサムといえば、ペティオラレやホワイトシップのようなシルバーリーフがしっくりくるかもしれません。このヘリクリサムは花が美しい種類ですね。「はなかんざし」の名前で市場に出回っていますよ。紙細工のような可愛い花に触れると本当に紙のようなカサカサという音がします。

この鉢はコデマリの白と寄せ植えていますが、白い花ばかりだと単調で面白くないので、何を合わせようかな~と考えた結果、赤葉のセダムも足してみました。花のガクの部分がほんのり赤いので、このセダムとよく合ってる気がして。しかも濃赤のさし色が全体を引き締めてます。セダムの名前がわからなかったので、調べてみようかな。

ペーパーカスケイドはヘリクリサムの一種らしく葉が少しシルバーがかっていて、この一種類だけでも美しいですよね。多少乾燥気味でも大丈夫だし、宿根草としては花期もずいぶん長いのでコンテナガーデンには重宝すると思います。

 

孤独のススメ

私には死ぬまでに一度、実際にこの目で見ておきたい絵がある。

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東山魁夷『映象』148×212cm 東京国立近代美術館蔵 画集『白夜の国』より

この絵を画集の中で見つけたとき、この世界に入っていってしまいたい、そしてタロットカードの隠者のように、ランプを片手に一人で暮らしたいと思った。それはいったいなんという完全な孤独だろう・・・と恍惚としてしまう。

幼少のころから一人で音のしない時間を過ごすことに慣れているので、圧倒的に孤独に対する免疫がついています。だからちょっと私の感覚は特殊かもしれない。だけど人間には一人きりで静寂に身を浸す時間が絶対に必要だと思う。

孤独を経験することによって、自分がどういう人間であるかを突き詰め、思考し内省し自律の心を育てる。物理的に独りであることを楽しむ余裕がないと、精神的な強さが育たない。

家に帰ると同時についテレビをつけてしまう、音楽をかけてしまうという人は、一度何の音もない時間を過ごしてみてほしい。もしもその時間が苦痛でしかないならば、ちょっと精神的に弱いところがあると思っておいたほうがいい。

逆に子育て真っ最中の人は、お願いだから一人にしてって思うことがあるはず。てことはやっぱり孤独な時間を過ごすということは、人間の自然な欲求なんじゃないのかなと思うのです。

 

母よりも母

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二月に撮ったこの水仙も、そろそろ咲くころでしょうか。水仙は看護を学んだ母校のシンボル。母校は大規模な統廃合で、私たちの卒業と同時に閉校となり、今は校舎が残るのみとなりましたが、この花をみると、看護学生時代の恩師を思い出します。

ユーモアがあって穏やかで、笑顔の大変可愛らしい先生。(この表現失礼?)卒業して20年近く経つ今でも、折に触れ気にかけ、思いやりのある言葉をかけてくださいます。以前、縁あって先生が勤務されていた看護学校に就職することになり、その学校の理事との面接の際。看護師である以外、何の実績もない私のことを「人柄は私が保証します」と言い切ってくれたことは忘れられません。

実は私、学生時代にはそんな先生に噛みついてばかり。ある日、病院実習での不満や苦情をぶつけてしまった。一方的に、それも泣きながら。先生は私の暴言を一通り聞いた後、落ち着いて一言。

「感情失禁ですね」と。

失禁! 感情の失禁! この言葉に撃沈。今思い出しても恥ずかしい。それ以来、むやみに負の感情を垂れ流さないように、心の括約筋を鍛えています(何の努力だ)少しは私、大人になったでしょうか。

確か先生にはお子さんがなかったけども、私にとってこの人こそ母性の象徴。先生に育てられた私たちはまっすぐに生きています。私もいつか先生のような人になりたい。

光の色

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結婚します!(ウソです)

ちょっと言ってみたかっただけ。こういう類の遊びは後で切なくなるから、やめたほうがいいよ! ウミコさん・・・と今更なアドバイスを自分自身に送ってみる。そもそもこれ、右手だし(痛恨のミス)

白という色が好きです。すべての光を反射することで白い色を認識するのだとか。そうか白は光の色そのものだから清らかなイメージがあるのかな。そういえば病院のユニフォームって白だろうが水色だろうがピンクだろうが白衣って言いますね。清廉性を求められているんだなあって、背筋が伸びる思いです。

人間の本質を性善説や性悪説で語られることがありますが、そんなものはナンセンスです。人は清濁あわせのむ存在で、そこにこそ生きる本質があるんじゃないでしょうか。生まれつき善ならば生まれてくる意味がない。生まれつき悪ならば誕生を喜ばれるはずがない。

おめでとう! よくきたね! 人が生まれる瞬間があんなに素晴らしいのは、この世には苦しいこともたくさんあるけれど、それと同じくらいの喜びがあるから。善き部分をほんの少しずつ増やしていく、その修行のために人は生まれては死んでいくのだと思っています。

え? 白衣の天使? そんなものは架空の生物です。(きっぱり)

 

 

名前を教えて

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管理人の部屋の画像は、ニゲラという花です。和名はクロタネソウ。そして英名は・・・

Love-in-a-mist 霧の中の愛。

かゆ——い! あ、間違えた。あま——い! ダメだ。自分のキャラに合わないから、非常に恥ずかしい。どうよ、この国民性の違いが見事に表れた名前の付け方。そりゃアイラブユーとか普通に言えちゃうわけだわ。

夏目漱石が英語教師だったころ、I love youを「我君ヲ愛ス」と訳した生徒に、日本人はそんなこと口にしない「月が綺麗ですね」だけで伝わると言ったっていう逸話にも深く納得。でも名付けのセンスに関しては西洋のほうが・・・。

この花は名前が短いですが、恐ろしく長い名前の植物とかもあって。世界史のテスト前、ローマ帝国歴代皇帝の長い名前を、嗚咽をもらしながら暗記した思い出を彷彿とさせます。私の中で暴君ネロがその名前の短さゆえに非常に好感度高かったあのころ。(遠い目)

植物の名前には、品種名というものもあります。それがやけに的を射ていて面白い。水仙のカップ、いわゆるラッパの部分が、淡くピンクがかった美しい品種を育てていたことがあります。その名も「ロマンス」。ちゃんとその姿形にあった名前が付けられているんだなあ。植物を購入するのなら、品種名もきちんと表示されているお店をお勧めします。そういうお店のほうが植物を愛する気持ちが伝わってくるから。

 

 

ヤマトナデシコ

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『大和撫子』

この言葉を聞いたとき、私の頭の中に思い浮かぶ花は 撫子ではなくスミレです。

うつむきがちで可憐なフォルムと深い禁色。「奥ゆかしい」「控えめ」という言葉がこれほどしっくりくる花はありません。しかも性質は強健で、こぼれ種でアスファルトの裂け目でも花を咲かせたりします。スミレのように美しく、強く、奥ゆかしい。そんな女性になりたいものです。

私の亡くなった父は、昭和ヒトケタ生まれの日本男児。私は父が高齢になってから生まれた女の子なので、それはそれはかわいがってもらいました。私がまだ4つの歳の冬、父親に電飾がチカチカ光るクリスマスツリーが欲しい、とねだったことがあります。もちろん買ってはくれましたが、父は「自分からあれが欲しいこれが欲しいと言うものではないよ」と私を諭しました。私はその時幼い子供でしたが、猛烈に自分を恥じたことをしっかりと覚えています。何を時代錯誤な、と笑いますか?

自己を主張することは大切。しかし人から与えられることばかりを考える人間になっていないか。

それは時々、今でも思い返す教訓です。