ヤマトナデシコ

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『大和撫子』

この言葉を聞いたとき、私の頭の中に思い浮かぶ花は 撫子ではなくスミレです。

うつむきがちで可憐なフォルムと深い禁色。「奥ゆかしい」「控えめ」という言葉がこれほどしっくりくる花はありません。しかも性質は強健で、こぼれ種でアスファルトの裂け目でも花を咲かせたりします。スミレのように美しく、強く、奥ゆかしい。そんな女性になりたいものです。

私の亡くなった父は、昭和ヒトケタ生まれの日本男児。私は父が高齢になってから生まれた女の子なので、それはそれはかわいがってもらいました。私がまだ4つの歳の冬、父親に電飾がチカチカ光るクリスマスツリーが欲しい、とねだったことがあります。もちろん買ってはくれましたが、父は「自分からあれが欲しいこれが欲しいと言うものではないよ」と私を諭しました。私はその時幼い子供でしたが、猛烈に自分を恥じたことをしっかりと覚えています。何を時代錯誤な、と笑いますか?

自己を主張することは大切。しかし人から与えられることばかりを考える人間になっていないか。

それは時々、今でも思い返す教訓です。

 

置かれた場所で

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やっちまったなあ!

最近購入した多肉植物、アエオニウム属・黒法師だけが、こんな有様でございます。

黒法師は冬が生育期なので、屋外に出していても平気だと思っていたのですが、そうでした! ここは兵庫県の山奥なのでした。ここ数日、気温がぐっと下がって雪までちらついていたので、その寒さには耐えられなかったみたい。「おいおい、寒いっつっても限度があるだろーよ!」いう黒法師さんからの非難の声が聞こえてきそうです。

数年前、渡辺和子さんの本が話題になっていましたね。

『置かれた場所で咲きなさい』

人を花にたとえた比喩的表現なのでしょうが、個人的には少し受動的な印象を受けます。いきいきと咲くためにはやはり、自分自身がどんな性質を持っているのかをよく知らないと難しいですよね。自分が咲く場所は自分で見つける。そういう能動性も必要ではないでしょうか。自ら環境を変える、ということは時としてそこから逃げ出すことになるけれど、それもまた是なのかもしれません。いや、自らを咲かせるために旅立つというのなら、それは逃げではありません。

私はいきいきと咲くあなたが見たい。

 

生みの苦しみ…これって私だけ?

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はっきり言って自分には理系の素養が全くない。ないもんはないので潔くあきらめているのですが。

ブログをはじめるにあたってまず最初に困惑したのはIT関連の用語で、ドメインやらネームサーバーがどーたら言われても、何それおいしいの?の世界に瞬時にワープしてしまう。みんなちゃんと意味わかって使ってんの? 本当はなんとなくノリで使っちゃってるんじゃないの? ん?

IT業界のプロフェッショナルの方々や、「は? 何言ってんの? blogなんて超簡単じゃん」などと、このネット社会の波を爽やかに乗りこなしている方々からすれば、何に悩んでいるのか全く理解不能でしょうね。しかしそこは一つ、90歳のおじいちゃんが初めてブログに挑戦しているのと同じような感覚で見守っていただければありがたい。ほら、きっとやさしくなれるはず。

「タッチタイピング? そんなの関係ねえ!」と大声で初心者アピールしつつ、よぼよぼ、もたくさと進んでまいります。お願いだから間違っても通りすがりに舌打ちなんてしないでねっ。ウミコおじいちゃん、心が折れちゃうから。←もはや性別不明。

写真はblogの背景に使ったオリーブの木で、好きな木の一つです。私の故郷・香川の県木でもありますね。

 

blogはじめました

我が家のベランダから夕陽は見えません。だけど淡く色彩が変化していく空は本当に美しい。

きのうの私は暮れゆく空を見ながら『私に残された時間』という未来について考えました。

庭仕事が好きで、おいしいものを食べることが好きで、美しい景色が好きで、大切な人たちの笑顔が好きで。 そういうことを通じてたくさんの人とつながりたい。じゃあどうすればいいのかな?と。今年で恐ろしいことに40歳。今までのほほんと生きてきたけれど、そろそろ自分の人生を生きなければいけないんじゃないか?と。

その最初の一歩が「blog始めてみよう」でした。

私は生来、「ウミコさん?おふざけが過ぎましてよ!」とたしなめられながら生きてきた人間ですので、脱線に次ぐ脱線、である調やですます調もごちゃ混ぜのカオスと化すことが容易に予想されます。だから最初に謝っておこう、そうだ、そうしよう。四十にして惑わずとかいうけど、40歳なんてあーた、まだまだオシリに殻をくっつけたままのひよっこですから。

 

15,01,28