航海を終えた舟のような

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人の死を看取った後、看護師が何をするのかご存知ですか。

家族とのお別れが済んだ後、亡くなった方の全身を拭き清めて体腔に綿を詰め装束を着せて身なりを整える死後処置・・・いわゆるエンゼルケアを行います。

『おくりびと』という映画で観たようなうやうやしい所作ではないにしろ、イメージとしてはよく似ているかもしれません。ただ、違いを述べるとすれば、そこには記憶の断片が漂っているということ。身体を拭きながら、髪を梳きながら、生前の故人と交わした会話やエピソードのひとつひとつが思い出されます。

今までで一番記憶に残っているエンゼルケアは、着物をお召しになるのが好きだったAさんのもの。ご家族が用意してくださった装束がなんと浴衣ではなく着物でした。しかも簡易じゃなく本格的な帯まで。手渡された時のワタクシの衝撃伝わりますでしょうか?(滝汗)

「やるしかない」と同僚と目と目で会話して着付けに取り掛かったものの・・・案の定の悪戦苦闘。
別れの場面に不釣り合いな掛け声と流れる汗に、だんだんと可笑しさがこみあげてきて、「Aさ~ん最後のクエストが難しすぎだよ~」とつぶやいてしまったのでした。

この世の生を全うされた方は皆、一様に穏やかな顔に見えるというのが私の印象です。
大切な魂の容れものをお任せくださってありがとうございます。そしてお疲れ様でした。

写真:カンパニュラ・エメラルド、アジサイ、アスチルベ

愛だろ、愛

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このタイトル懐かしいと思われたら私と同年代かそれ以上のお方と拝察いたします。←いきなり失礼

きのうは病棟の歓送迎会でした。
若さあふれる新人ナースたちを目の前に美味しいご飯を頂きながら楽しい時間を過ごせました。

私、そういえばエルダーナース(プリセプターをフォローするナース)だったな~と思い出し、先輩たちからの指導はどう? と聞いてみたところ、「みなさん親切です」のほかに「愛がありますから大丈夫です」と返ってきた。
実はこれがすごく大事。新人ナースはどれほど若くても未熟でも同じ道を目指す同志です。ならばその人の成長を願って指導をすることが看護の発展につながるって意識を持たなければいけない。

看護教員として働いていたこともありますから、現場の指導担当ナースが天使みたいに優しいなんてことはありえないと知っています。中には自分の気分で指導を行う「完全に指導者向きではない人」もいます。
そんな人に当たっちゃった場合とてつもなくしんどいですが。すべては自分の学びのためなので乗り越えてほしいなあ・・・と応援しています。(心を病まない程度に)

どんなに厳しくてもそこに愛があるならそれは相手に伝わります。でもいくら愛をこめて指導してもそれを感じない人もいるわけで。そういう人は看護職に必要な感受性が足りない可能性があるかもしれない。どこへ行っても指導に対する不満が消えないなら、確実にその人に問題があるでしょうね。
そういう場合は迷うことなく転職をお勧めします。

あなたが看護を選んでも看護があなたを選ばないかもしれないよ。

写真:ジギタリス・カメロットラベンダー

利他という利己

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「どうして看護師になったのですか?」と時々聞かれることがあります。

職業ってパーソナリティに影響を与えますから、当然といえば当然ですね。
でもそこに「人の役に立ちたくて」とか「子供のころ大病して・・・その時の看護師さんに憧れて」とかいう明確な美談を求められている気がしてかなり後ろめたい。

『看護師になりたいなんてこれっぽっちも思わなかった』

↑ ↑ ↑ コレ世界の中心で叫びたい本音。

当時私は目標を失っていて。でも自由になりたくて。
家を出て一人で生きていくためのツールとして看護師を選択したに過ぎません。
だけど20年も続けてきたからには何かしら理由があるのでしょう

どうせ給料がいいからでしょって? 答えはノーです。

看護師は金銭的に恵まれていると思われていますが、その労働は過酷です。
患者の身体的ケアを行いつつ、エビデンスに基づいたフィジカルアセスメントをして、なおかつその人の心に沿うという高等技術です。
肉体労働でもあり、頭脳労働でもあり、感情労働でもあるのです。
しかも、看護師なんだから当然でしょ? 何か粗相があったら訴えてやるんだから! というプレッシャー付き。正直、もうちょっと対価をいただいてもいいんじゃないかと思います(小声)

じゃあなんで看護師を続けているかって?

人を癒すことは自分を癒すこと。
人の苦しみを肯定することは自分の苦しみを肯定することに他ならない。

という言葉に尽きます。

なんという利己的な人間。
でもそれが私です。

 

写真:カンパニュラ・パシシフォリア

 

 

ナイチンゲール先輩

“ われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん

わが生涯を清く過ごしわが任務を忠実に尽くさんことを

われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち

悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし

われはわが力の限りわが任務の標準を高くせんことを努むべし

わが任務にあたりて取り扱える人々の私事のすべて

わが知りえたる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし

われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん”

↑ ↑ ↑

これはナイチンゲール誓詞といって、戴帽式(現在では宣誓式)で暗唱される誓いの言葉です。でも実際はナイチンゲールの言葉ではないのよね。

ナイチンゲールが看護の道を目指した当時、ナースは病人の世話をする単なる召使と見られていて、専門知識の必要がない職業と位置づけられていたんです。彼女はクリミア戦争でイギリス軍に従軍し、負傷兵たちへの献身や統計に基づく医療衛生革命を行い、帰国後は看護教育にも貢献しました。

必要であれば相手が誰であっても直言を厭わない姿勢と、その働きぶりから、「ランプの貴婦人」「クリミアの天使」と呼ばれ、ナースが白衣の天使と呼ばれるのは彼女の偉業に由来しています。でもナイチンゲールはそういったイメージで見られることを喜ばず、こう言っています。

「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」

いや~すごいわ。(尊敬のまなざし)

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