思い出の師

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私ね、本当に先生に恵まれていて。
心に残る先生がたくさんいるんですよ。
今日はそのうちの一人の先生について、思い出を引っ張り出して来ようと思う。

 

今から四半世紀以上前(!)
当時小学生最終学年だった私たちの担任・S先生。
今考えると、とてつもなく変わっていて人間力のある先生だったなあ。

 

S先生は社会科が専門でね。
そのころ香川県で三大プロジェクトとして建設されていた瀬戸大橋・高松空港・高松自動車道(高速道路ね)。
そのどれか一つを研究して、原稿用紙50枚以上のレポートを提出せよ、という課題をクラス全員に与えた人。

 

とても正気の沙汰とは思えない課題でしたが、ほとんど全員がクリアしたんじゃないかな。
そして私にとって、それをやり切った経験が、後の『大抵のことはなんとかなる』っていう揺るぎない自信みたいなものを構成する一つの要素になっているんじゃないかなって思う。
突きつけられる無理難題を、泣きながらでも越えていくことで得られる成長の大きさってやつを、先生はきっと知っていたんだろうな。

 

かと思えば本当に子供みたいな人で。
ある日、自分の給食が少なかったか、配膳が遅かったか、その両方か定かではありませんが。
めっちゃ怒った!
子ども心に「そんなことで?」 って思うくらいめっちゃ怒った。
大人のくせに(笑)

 

そんでもって、空になった給食の大缶が教室のいちばん後ろまで飛んで行ったあの瞬間は、今でもスローモーションで脳裏に蘇ります。(先生が蹴っ飛ばしたのねー)
いまだに幼なじみとの間で話題に上る伝説の教師。(笑)

 

まあ、何が言いたかったかというと、私のメガネ男子好きは、先生から端を発しているよってことです。(違います)

選らばれし人

 

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古き良きものを守る。
一言で言っても、具体的にどうすればいいのかよくわからない私がいました。

 

でもね、それを体現している友人がいるのです。
岡山県西粟倉村にある築120年の茅葺古民家、天徳寺。
そこを守り、地域に根差した暮らしを送りながら、カフェと宿を営んでいる。
暮らし研究家・クラシカの女将である彼女。

 

kurashika.com

 

先日そこへお邪魔してきました。
庭の植栽を私に依頼してくださったんですね。
庭のことも話しました。(コンセプトのようなものはまだ発表しませんが)
それ以上にお互いの考えを語り合った気がします。
私たち向いてる方向がよく似ていて、何気なく口にした言葉に「そう! そうなの!」と共感しきり。
私は本当にゆるくて自分に甘い人間だけども、彼女の実践している少しだけ不便な暮らしは私にとって修行にならない範囲で参考にさせてもらいたいなあと、素直にそう思える。
そんな夜でした。

 

彼女たちが最初から特別で順風満帆だったわけじゃない。
まず想いが生まれて、それを伝えて伝わって。
消えようとしていた120年の歴史の守り手に、天徳寺(と地域の人々)が彼女らを選んだのだと思う。

 

天徳寺は「古き良き日本の暮らし」の象徴。
ただそこを守るだけじゃなく、日本の心を守ろうとしている彼女の理念を今度は私たちが守っていけたら。
そんな彼女の想いに沿うべく庭作りを始めます。
それが今の私にできることだな、うん。

 

あ、最後にちょっと自慢してもいいですか?
友人がブログで私のことを書いてくれました。
目から水が出そうになったことは内緒です。

 

 

kurashika.com

私たちをつなぐもの

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昨日は観音寺在住の兄と、これから一緒に取り組んでいく仕事について語り合いました。
実際に顔を合わせるのは実に1年半ぶり。

 

兄といっても、歳がかなり離れているので(17くらい?)、もう感覚は父親に近いものがあるのかな?
結構心配性でね。
エンジンとアクセルしか搭載していない車みたいな私のブレーキ役ですね。(そら心配だろーて)
でもちゃんと兄に自分の考えていることを説明して納得してもらうことで、私も思考が整理されるし、どうやったら人に伝わるのかを考えるようになった。
兄も『なんか久しぶりにワクワクするなあ~』と楽しそうで、一石3~5鳥くらいあるかもしれません。

 

私が始めようと思っているのは植物屋兼BAR併設のB&B。(漫才師じゃないよ、F氏)
ま、今すぐじゃないんですけどね。
兄が始めようと思っていたのは植物屋兼ギャラリー。
やはり兄妹。
お互い好きなものの感覚が似通っているので、いっそのこと全部一緒にやりましょうということになりました。
これからはその目標に向かって協力しあいます。

 

実は東京在住のもう一人の兄が日本画家で。
私、ギャラリー(観音寺支部w)の営業も担当しておりますので。
よろしくお願いいたします。(ぺこり)

 

日本画って堅苦しいとか重厚とかってイメージお持ちじゃありませんか?
昔見てたテレビ番組で、ナントカ鑑定団みたいな目利きが芸術を値踏みしていくってアレもね、よくないと思う。
物質的価値でしか芸術を判断できないなんてどうかしてる。
鑑定士の人が時々言ってた、「自分が気に入ることに価値があるんです」って言葉。
あの言葉が本来伝えたい事なのかもしれないけど、そういう番組構成ではなかったよね。
いかに高額な値段が付くかってところに焦点が向いてたし。
気に入っていたものに値段がつかなかった瞬間に色褪せて見えるとか、悲しいじゃない。
あ、ちょっと話が脱線しちゃったけど。

 

絵についてのうんちくや知識なんか、まったく必要ないんですよ。
好きか嫌いか。
言葉にならないなにかを感じるか。
それだけでいいんだと思います。
私は兄の絵の大ファンですけど、さらさら~と描いたようなラフな水彩画やデッサン画も好き。
興味のある方は、ぜひ気軽にお声かけくださいませ。

 

植物と絵と音楽に囲まれて生きていく。
私が心地よいと感じるものたちで構成された空間を、愛してくれる人々が笑顔で訪れてくれる。
そんな日を夢見て進んでいきます。

 

 

日本画家・真鍋修のwebページ
http://osamumanabe.art.coocan.jp/

 

 

 

 

 

 

文系を取り戻せ

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まいどです。
素敵文系女子のミヤタケです。(自分で言うたった)

 

最近…ていうかちょっと前から『理系』がもてはやされてますね?
いきなりですが、これはいかがなものかと物申したい。
まあ私が卒業した高校を例に挙げてお話ししましょうか。

 

私が通っていたのは、地元・観音寺市の公立普通科高校です。
生意気にも 最近SSH(スーパーサイエンスハイスクール)などというものに指定されたらしく…理系が幅を利かせている高校といっても過言ではないでしょう。
その体質は結構昔からでね。
私の学年は全部で10クラス。
私のような凡人とは脳の作りが違う人間が集う『理数科クラス』なるものと、少しだけ近寄りがたさが漂う『理系クラス』3つ、あとはまるっとひっくるめて『文系クラス』6つで構成されておりました。

 

なんですかこの放り出された感。
よしよし、お前たち立派な理系人間に育つんだぞ♡
あ、お前らは好きにしてていいよ。
という文系放任主義とでも申しましょうか。
例えるならば超エリート養成鶏舎で育てられた高級ブロイラーと、放し飼いの野良鶏くらいの違い。

 

文系の庭では餌(学びの主題)もできる限り自分で調達するシステムのため、あるものは音楽に走り、あるものはエンターテイメントに走り、そしてまたあるものはファッションに走り…と全くもってカオス状態。
文系なのに純粋に文学にのめりこめない環境。

 

ちょっと待たれい。
日本人のファジーな心を表現するには少し閉鎖的なほどの文学的素地が絶対に必要なんですよ。
中二病をこじらせたような教師と学生のコアな関係が絶対に必要なんですよ。
保守とリベラル、抽象とレアリスムの喧々諤々たる議論の場が必要なんですよ。
それをなんですか? 理系、理系って。
ったくもう。
文系クラスをもっと細分化しなさいよ!
真の文系の文系による文系のための純度100%のクラスを作りなさいよ!

 

そのうえ理系男子や理系女子は人間関係に不器用なところが萌える♡
とか世間ではキャイキャイ言われておるみたいですけどね。
優れた文学を生み出す人ほど自分の世界を持っているので、ある意味コミュ障である可能性が高いんですよ。
あの気恥ずかしさ(黒歴史とも言ふ)を経験せずにスマートに生きてきた理系人種にはわかるまい。

 

…とまあ持論をぶちまけてみたわけですが。(ちょっとだけスッキリ)
最後に言っておきたいことが一つだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日のブログは成分のすべてが『文系人間の理系人間に対するジェラシー』で出来ています。(敵意はないよ♡)

 

 

名も知らぬ草

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園芸種ではありませんが、スズメノエンドウという植物が大好きなんです。
繊細な葉っぱの形。
淡いグレーがかった水色の花が咲いた後、ちゃんと小さな小さな豆のさやができるんです。
カラスノエンドウはよく見かけるので、ご存知の方も多いかもしれませんが、このスズメノエンドウを知っている人がいたら、「おおっ!お目が高い!」って思う。(すいません変態なので許してください)
気が向いたら見つけてみてね。

 

私の植物に対する強いこだわりって、いったいいつから生まれたのか。
これもよく聞かれる質問だったので、遠い記憶をエンヤコラと手繰り寄せてみることにした。

 

4歳当時、雇用促進住宅っていう平屋建ての住宅に引っ越してきたのね。
そこには小さいけれど庭があって、サクランボの木があって、アジサイや紫蘭や沈丁花やナルコユリが咲いたり、母親が趣味のサツキを育てたりしてた。

 

だけどもっぱら私の興味は名前のわからない小さな草。
あんなに小さい葉っぱなのに、種類によってひとつひとつ違う色や質感や形状をしていて、ちゃんと美しい花も咲く。

 

種がまた個性的で、中でもカタバミの実はオクラみたいな形をしていて、熟すとちょっと触れるだけではじけて中の種が飛ぶんです。
その種が指に当たる感触が今でも容易に思い出せる。

 

大人たちが雑草と呼ぶ、名前のわからない植物たち。
当時なぜか家にあったアカデミア百科事典の植物の巻が私のバイブルでした。
そこにはいわゆる雑草と認識されている草たちの名称がきちんと記されていたんです。
スベリヒユ
ハコベ
ムラサキゴケ
ナズナ
タチツボスミレ
キツネノボタン

 

そこからかな。
きれいな花…なんていう名前かしら。
そう思うたびに本のページをめくるようになったのは。
見たこともない植物に出会う度に、あの頃の高揚感がよみがえってくる。

 

名前は知らずとも毎年花を咲かす宿根の植物を植えてあなたを待ちましょう。
いつか私の庭で、あなたが『この花の名前を知りたい』と思う日がやってきますように。

求めよさらば vol.3

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こんばんは。
なんとか寝落ちは回避出来そうで出来なさそうな夜勤明けの夜です。
ちょっとだけおかしいテンションでPCに向かっています。

 

さて。今回が完結編。
これまでお付き合いいただいた方、ありがとうございます。
何だかこれっきりみたいな挨拶になってしまっていますが、これから先もこの地味ブログは細々と続いていきますからねっ。
おっと、まったく言っている意味が分からない方はこちらをご覧ください。
↓ ↓ ↓

 

 

umico-mare.hatenablog.com

 

umico-mare.hatenablog.com

 

で、ここまで生きてきてよく言われるのが、

ほんと、アクティブですよね

 

って言葉。
違うんですよ。
本当に停滞が苦手で。
止まると死ぬんじゃないかなって。
そのくせ好きなこと以外はやりたがらないし。
継続とか努力が死ぬほど苦手だし。
息子に親として『人の道のなんたるか』など説く資格もありません。
(息子たちがきちんと育っているのもすべて元夫の人柄の賜物でしょう。)

 

『夫と妻』『母と娘』。
家族っていう超身近な人間関係が破綻している私にとって、心の拠り所は故郷です。
自分勝手でも
ろくでなしでも
私がたとえどんな人間であっても、故郷だけは変わらずそこにある。
私がどこにいようとも、心からのびる根っこは必ず故郷につながっている。

 

なんていうのかな。
一園芸家として植物の素晴らしさを伝えていきたい気持ちと同じくらいの強さで(もしかしたらもっと強く)故郷に貢献していきたい気持ちが存在してる。
そして、かつてここで同じ時間を共有した人たちや、これから同じ時間を過ごす人たちと、この思いを共有していきたいんだと思う。
それを私が提供できる形で発信していきたいんだな。

 

そしてね、それだけで終わりたくないの。
観音寺が大好き。(植物も大好き)
香川が大好き。(植物も大好き)
日本が大好き。(もちろん植物も…以下略)
んでもって世界をもっともっとよくしていこうぜ! Yeah~! ってなりたいの。

 

野望が大きすぎる?
まあいいじゃん。
面白いと思うんだよね。
こんな小さいまちで大きすぎる夢をみるのも。

 

 

 

 

求めよさらば vol.2

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さて。
昨日は夜勤明けの眠い目をこすりながら、生まれ育った町・観音寺に未来を探しに行ってきました。
あまりに濃い一日だったので、数回に分けてお送りしています。
今回は2回目。
前回はこちら。

 

umico-mare.hatenablog.com

 

後輩と別れて向かった先は観音寺市役所。
前日にネットで見つけた瞬間にビビッときた物件を、実際にこの目で見るために、仲介不動産会社を教えていただきました。
そしてコンビニで待ち合わせ。
現れた営業のお姉さんと一緒にそこへ向かいます。

 

ところが…鍵が開かない。
二人で30分以上頑張ってみたんですけど鍵が開かない。
これって縁がないってことなんかな~と思いつつ、私は途中であきらめて、物件周囲の写真を撮りまくっている間、お姉さんは気の毒なほど焦りまくってました。

 

「すいませんミヤタケさん! 社長に電話してみます!」
「すいませんミヤタケさん! お時間大丈夫ですかっ?」

 

その都度「はいは~い」「時間はたっぷりあるんで大丈夫ですよ~」と返事はしてましたが、悪いことしちゃったな。
ちゃんと気分を害してないこと伝わっていればいいけど。
そこにニコニコと社長が登場してお姉さんとバトンタッチ。
不思議なことに、同じ鍵なのにいとも簡単に開きました。

 

築60年。
入った瞬間に感じたのは時間の香り。
古くて荒れてて、とてもこのままでは住めませんが、空間に受け入れられてる感じがすごくしたのね。
『あ、わたしここに住むわ』って直感で思った。
『この荒れた庭にもう一度命を吹き込むのは私しかいないわ』って思った。
なので社長に私のやりたいことを語りました。
それはもう丁寧に真剣に。
即金で支払えるようなお金はないけど、私にはお金を稼ぐ能力がありますってこともね。(ナースなのでまるっきりハッタリじゃありません)

 

社長は頷きながら始終穏やかに話を聞いてくださって。
モノがモノだけに取り置きはできませんが、もし他に買いたいって人が現れたら必ず事前にお知らせしますと。
持ち主の方に値段交渉もしましょうとまで言ってくださって。
ちょっと感動して泣きそうになった。

 

夕暮れの帰り道で思ったのは…
あの時鍵が開かなかったのは、あの人に会うためだったんだろうなって。
すんなりと納得がいったよ。

 

続く。

求めよさらば vol.1

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さて。
今日は夜勤明けの眠い目をこすりながら、生まれ育った町・観音寺に未来を探しに行ってきました。
実に濃い一日だったので、数回に分けて発信しますね。

 

5~6年ぶりに会う後輩から、ありがたいお言葉をいただいたので紹介します。

 

私、昔からミヤタケさんの存在を確認するだけで癒されてました。
なんでだろうな~
こうやって実際会って話すと心臓に毛は生えてるし、野望はすごいし、結構ギラギラしたこと言ってるのに。
本当に不思議です!!

 

はい、ギラギラしてますよー笑
隠すから余計いやらしいじゃない?
だから常にオープン。
ギラギラした欲望、常にオープン。
それでも嫌な感じがしないといわれるのは、私の外見からくる要因でしょうか。
全体的に白くて丸くて柔らかい。(つまり肥えている)
菩薩のようなシンプルな顔の造り…(つまり地味顔)
だとしたらお得ですね。(ものは言いようです!)
私ってめっちゃラッキー♡

 

オモシロイことはないかなーって常に動いてますよー。
変化を全く恐れない性格ですよー。
明日目が覚めて、もしそこが異世界だったとしても、順応できると思うの。
明日からホームレスねって言われても、何とかなると思うの。
もうこれはね、性格だから致し方ない。

 

だけど性格も変えられるからね。
こうなりたいって強く思って行動すれば変えられる。(根っこの部分が変わるにはかなり長い年月が必要だけど)
自分がどうなりたいのか?
そもそも変わりたいのか?
このままでも充分だと思っているならそれでいいんじゃないか?
ってことを突き詰めて考えてみることが大事ですよ。

 

ああ楽しかった。
また会いたい。
彼女もそう思ってくれてるといいな。
そんな関係性を築くには、まず自己開示。
まずは自分をさらけ出さないとね。
だから正直に、いまマジでお金がないから今から東京さ行って夜勤バイトしまくってお金貯めようかな~って冗談で言ったら、『本当にやりそうなんでやめてください』って言われちゃったYO。

女に生まれたからには

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きれいになりたい。
って女子ならみんな思いますわな。
うん、私も思う。
でも、神様から与えられたのはこの容姿で。
このマテリアルをこねくり回してなんとかお願いね♡
ってこの世に生まれてきたわけ。

 

あ、こんな感じで書き出したブログですが。
そんなことないよ~けっこう可愛いよ~とかは求めてないから、知ってるから。
みんなそれぞれコンプレックスを抱えて生きてるんだよ! とかも求めてないから、知ってるから。
どのツラ下げていってるんだよ、このブース!!! とかは聞かないから、知ってるけど耳栓してるから。
アナタ美しくあることだけが女の価値とか考えてらっしゃるのっ?…とかも求めてないから、めんどくさいし。
ってわけで、とにかくつづります。

 

まあ、この容姿でどっこい生きてきたわけですよ、40年間。
諦めと期待とまた更なる諦めと期待…ってなことを続けてきた。
美しいものをこよなく愛する人間にとって、『自分自身が端正ではない』ことってものすごい精神的痛手なのよ。
こちとら百貨店の化粧品コーナーで舞台メイクを施された自分の顔を見て、死にたい気持ちになったこと、一度や二度じゃありませんのよ。
化粧が似合わない、のか。
自分に似合う化粧がわからない、のか。
それすらわからない暗闇に迷い込み。
そんでもって美しいオナゴたちを敬遠する、自分に合う化粧をして自身を飾る研究を放棄するっていう、明らかに逆効果な方向に走っちゃった。(あーあ)

 

でもね、40を過ぎてやっとこのマテリアルで最高の自分を創ることができれば、もう少しだけ女子としての自分を愛せるかもしれない…そうしたらもう少しだけ生きやすくなるかもしれない…と思えるようになったのね。
遅い! と呆れるなかれ。
それだけ潜在的に苦しんできたってことよ。

 
なんだか何が言いたいのかわかんなくなって来ちゃったので、そろそろまとめるね。
私にもついに、きれいになりたい季節がやってきたようですよ。
女性がきれいになりたくなる時といえば…ほらアレしかないでしょ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健康診断でしょ!!(んなわけねーーー)

お慈悲を

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うおー寝落ちた。
夢でブログ書いてたよ笑
夢では出来上がってたのにな…(´;ω;`)

 

さあ、真夜中ですが気を取り直していきましょう。

 

実はね、私。
今まで一度も看護師に向いてるって思ったことないの。
むしろ一番なっちゃいけない人間じゃないのかしら…とすら思う。
気分屋だし。
わがままだし。
『いらち』だし。
感情が顔にすぐ出るし。
いや、むしろ全面的に出すし。
ずっと人に興味持てなかったし。
思考もやさぐれてて、『白衣の天使?そんなもの架空の生き物ですから。ユニコーンみたいなものですから。この笑顔もすべてお仕事ですから。スマイル0円? そんな都合のいいお話、あるとお思いなんですか? うふふ笑っちゃう。』つってね。
やべー書いてみると結構ひどいな、私。
まあでも根っこはいいやつなんですよっ(むなしいフォロー)

 

しかも今まで、本当に自分勝手に生きてきた。
自分のやりたいことだけやって。
人の厚意をもらうだけもらって。
究極の末っ子体質をいかんなく発揮してここまできちゃった。

 

この性格はたぶん一生変わんないかもしれないけど、ここらでひとつ感謝の心を見せておかないと刺されるかもしれないな…。
だから言います。

 

みんなありがとう
みんなから支えられて生きてます
これからもよろしく(おい)

 

皆々様の母性と父性とお慈悲の心で日々生かされておるのでありました。
このご恩は一生忘れないし、もし忘れててもちゃんと思い出すから~。(最低)