そういうこともある

今日は閏日ですねー。
4年に一度のこの日くらいは、自分を全肯定してあげようと思いこのブログを書きます。
だから批判コメントとかついても返事しないから(笑)

 

小さい頃の母親の記憶ってどんなものですか?
私にもね、素晴らしい記憶があるんですよ。
愛されていることを全身で感じるようなね。

 

 

その一方で恐怖の記憶もある。

 

 

母はどちらかというと気性が荒い人で、体罰はしつけの一環、怒った時の口癖が『死んでも許さない』って人です。
見知らぬ人に、時には兄に対して
「今の言葉、死んでも許さん!」
「死んでも許さへんからな! 覚えとけー!」
と、声を荒げる姿を見るたびに、あの怒りが私に向けられる恐怖におののいていました。

 

 

ずっと母親の怒りのスイッチを押さないように生きてきたんです。

 

 

高校卒業後~結婚するまでは門限が夜10時で。
それを守れなかった時、車を運転中に母から電話が。
それだけで手が震えて頭が真っ白になり、ブレーキをいつ踏めばいいのかわからなくなった。
パニックですね。
見かねた友達が運転を代わってくれ、事なきを得ました。

 

 

そんなエピソード吐いて捨てるほどある。

 

 

離婚した後は、母の支配から逃れるように県外に出たんですけど。
たまに電話がかかってくるんです。
それも夜中や仕事中に。
出ないと何度も何度も。
出たら出たで、何時間も呪いの言葉を吐き続ける相手に身も心も疲労困憊。
(途中で切っても堂々巡りなので)

 

ついに夢を見ました。
母親を殺す夢でした。
ちゃんと死んだか確認までしてました。
「やっと終わった」ってほっとして泣いた。
目が覚めて夢だとわかってまた泣いた。

 

 

私は母親を捨てることに決めました。

 

 

憎んでいるのかもしれないし、愛しているのかもしれない。
よくわからない。
でも本当は大事にしてあげたいです。

 

 

死に目に立ち会えないとか、そんなことはもういいんです。
人としてどうなの? とか、それすら大きな問題ではない。
人も自分も癒すことは難しいなー。
って、そう思うだけ。

 

一文字入魂

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うーん。
書きたいことが多すぎて、意識が分散しがちな今日この頃です。
でも、人に何かを伝えるってことは自分の思考を整理して体系づけるのにものすごい力を発揮するんだなあと感じています。
特に話すことよりも書くことで。
ブログは記録に残っていきますもんね。
自分の言葉が財産として積み上げられていく感じ。

 

よくね、『ブログは○○○字以上書け』とか言われていますけど、私はあまり気にしないことにしています。
なぜかって言うと、ナースだから。
ナースって意外と話し上手、まとめ上手な人が多いんですよ。
ナースは肉体労働者であり、感情労働者であり、頭脳労働者でもあります。
とにかく記録が多い。

 

対象を観察して、考察して、計画してそれを文章化していくっていう行為を毎日行っていくわけですから、日々厳しく訓練されているようなものです。
そのうえ、限られたスペースに文章をまとめるっていう技までプラスされていくわけです。
短い言葉で伝える。
そういうクセがついている。

 

だから○○○字以上っていわれても、「もう書くことねーよ!」ってなります。
逆にダラダラ書くことで、自分の味がなくなっちゃう。
私にとっては、短く書いてこそなんぼなわけです。

 

『短い言葉でどこまで伝わるのか』

 

逆にそこを意識するようにしています。
今日も500文字超えるのがやっとだったわ~うふふ。
ではまた。

運命の人

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運命の人ってどんなイメージですか?
結婚相手?
大恋愛の相手?
それとも白馬の王子さまみたいな?

 

私、岡本敏子さんという人が好きで。(故人です)
ー朗らかだけど激しい
ー無邪気だけれど成熟した
ーほとんど化粧っ気もなくさっぱりしているのにエロティックな
そういう彼女の二面性に惹かれてしようがないんです。

 

何年か前、彼女が愛した岡本太郎という男性がどんな人物なのかを知るために、彼の本を読んでみたことがあります。
その本の題名は『自分の中に毒を持て』。
まあ、題名からしてただものじゃない感が伝わってくるんですけど。
岡本太郎といえば子供のころ、かなりエキセントリックな老人が『芸術は爆発だ!』とのたまっていた…くらいの記憶しかありません。
「あああどうしよう! 書いてあることが全く理解できなかったらどうしよう!!」とか思いながらページをめくっていきました。

 

が!!! もうね、衝撃的でした。
雷に打たれるってのはこんな感じなのかなと。
ちょうどきつい別れを経験した直後だったので、なおのこと心に刺さった。

 

ほんとうの出会いは、約束ごとじゃない。たとえば極端なことをいえば、恋愛というものさえ超えたものなんだ。つまり自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。
それが運命的な出会いというものだ。
たとえ別れていても、相手が死んでしまっても、この人こそ自分の探しもとめていた人だ、と強く感じとっている相手がいれば、それが運命的な出会いの対象だといえる。
必ずしも相手がこちらを意識しなくてもいいんだ。こちらが相手と出会ったという気持ちがあれば、それがほんとうの出会いで、自己発見なんだ。

 

ショックを受けると同時に、救われた。
圧倒的な自己を確立している人。
自分に嘘をつかない人。
そらー惚れるわ。
ただのエキセントリックじいさんではなかったわww
興味があればどうぞ、読んでみてください。

 

 

小さなLIKE

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ああ~楽しかったです。
ナースの集まりは毎度異常なほどの盛り上がりを見せますね。
同僚の快気祝いをしてきましたよ。
おかげでブログの更新ができず、こっそり夜中に書いては新しく覚えた「投稿日時を編集する」という技を使って体裁を整えようなどと考えています。

 

ところで。
はてなブログにははてなスターっていう機能があるじゃないですか?
はてな利用者同士が共感したりいいなと思ったブログに色でランク付けされたスターをつけていくんですよ。
ちなみに黄色スターは何個つけても無料です。
このブログを始めてから、よくスターをつけてくださる人が何人かいて。
そのうち一人は同級生なんですけど。
あとのお二人は全く知らない方です。

 

でもね。
ブログのページを開いて、その方たちのスターがついているのを見るとなぜかホッとするんですよ。
ブログを書く。
スターをつける。
たったそれだけのことなのに、そこにはもうちゃんと関係性が生まれているんです。
しばらくスターがつかないと、「あら、○○さん最近見ないけど元気かしら…」とか思う。(お母さんかい)

 

Facebookでも同じですけど、たとえ友達じゃなかったとしても、毎回いいねをくださる方の存在には気づいていますし、「どんな人なんだろうな~」って会うこともないかもしれないのに想像したりします。

 

つまり何を言いたかったのかというと、『LIKE』や『LOVE』の小さな意思表示はちゃんと相手に届くんだなあってことです。
だから私もちゃんと伝えようと思う。
『あなたのことを見てますよ』
『あなたのことが好きですよ』ってね。

 

 

 

 

植物のある暮らし

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いつものカフェでこの文章を考えています。(更新は夜ですが)
今日はね、植物屋の仕事でした。
2つのオーダー品をお渡しして来ましたよ。
1つはご自分への
もう1つは奥様の誕生日プレゼント。

 

私の作る寄せ植えは、派手なラッピングとか一切ありません。
そのままでお届けさせていただきます。
だって植物だけで充分美しいもの。
添えるのは手書きのメッセージカードと植物の取説のみです。

 

「花なんて、生活に必要ないじゃない」
とか思ってません?
もしくは特別な日にだけあればいいとか。
ノンノン。
わかってないなー。

 

ずいぶん昔の話ですが。
看護学校の卒業式で、先輩に花束をプレゼントしたんです。
自分でプレゼントしたのに、花束を抱えた先輩がすっごい羨ましくて。
私の卒業式には花束をください! それもこんな色のこんな花で! と、当時の彼(あ、元夫です)に自らリクエストした私です。
あほですね〜。

 

でもそれは見栄とかじゃなくてね、花を贈られる価値のある人でありたかったの。
それくらい大切に思われる人でありたかったんだと思う。

 

自分で自分に花を贈るのも、自分が大切だからこそ。
だから、自分のために花を買う人は自分を大切に出来る素敵な人です。

 

豪華なものじゃなくてもいいんです。
そこら辺に咲いてる野の花でもOKです。
今日からはじめてみませんか?
植物のある暮らしを。

ユーモアと美と神様と

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アタクシも人間ですので。
facebookで投稿した時いいねの数が多いと単純にうれしいもんですよ。

 

鼻歌を歌いながらスマホ画面をスクロールしていて気づいたんですけど。
いいねがいっぱいついた記事って法則がありますね。

 

◎おもろいやつ
以前、ある他人様のブログに抱腹して、たった一言だけつけてシェアしたんですよね。
「あー笑い過ぎて死ぬかと思った」と。
残念ながら元記事が見つからなかったので、もうひとつ爆笑した記事をどうぞご覧ください。

arufa.hatenablog.jp

 

結果、私にとってはビックリするほどたくさんのいいねがつきました。
だれ? ってくらいの友達の友達のそのまた友達からいいねがついたりシェアされました。
みんな笑うの好きよねー。

 

◎綺麗なやつ
単純に写真が綺麗な投稿。
これは個人的にすんごくうれしい。
やっぱり自分が美しいな~と思った瞬間を切り取ってお届けしているわけで。
てことは詰まるところ、自分の感性に共感してもらってるってことじゃないですか。
やはり美は人を癒すのよねー。

 

◎神様関係のやつ
これは人間のあやかり願望に訴えかけるもんがあったんでしょうか。
日本の人は信仰心が潜在的に強いような気がする。(私は宗教と信仰を別のものと解釈していますー。)
朝焼けを背景に伊勢神宮の鳥居を激写してアップしたんですけど。
普段はスル―の人も反応していましたし。
なんだかんだ言ってみんな神様信じてるよねー。

 

やっぱりプラスの感情に働きかけるほうが、人の心は動きやすいってことかな。
喜びは独り占めしちゃいけないな、うん。

多感な時期ですし?

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ここ数日のブログ連投で『あら? どうしちゃったのこの人?』とか思われている方もいらっしゃるかと思います。
すみません。
なんだか出来る限り毎日書いてみよっかなって思って。(軽いな)
今まで自由を気取って書けそうな気がする時でも書かないことがあった。
何にも考えずに終わる一日なんてないのにね。

 

なんだか最近『癒されます』とか『ブログ素敵です』とか言われるようになって、照れを隠し切れない私がおりますの。
私、どっちかっていうと妄想族(レディース)ヘッドだし。
顔は笑ってても頭ん中では「貴様、ピーピーしてピーしてしまえ!」ってな黒具合で。
しかもその考えてることが全部顔に出ちゃうし。
ぜーんぜん出来た人間なんかじゃないのでございます。

 

しかも私にとってのこのブログは『息子たちに向けた遺言』としての機能もあるんでした。
いやいや、そーでした。
すっかり忘れてたー!

 

だったらもっと、超くだらないことやバカなことも(時には毒も)吐き出して書いたほうがいいんじゃないかと思ったんですよ。
その方が本当の私の姿がわかるだろうし。
別に立派な母親として記憶に残りたいわけじゃないし。
てゆーかむしろ『僕のおかーさん、やっぱりあほやな~(笑)』くらいのほうが。
んでほんの時々、人として真っ当な部分を感じて、ほっとしていただければよろしいんじゃないですか?
息子たちよ、母のブログを通じて人間の多面性ってやつを思い知るがよい。

 

ま、こんなことを思ってみたのですが。
そういえば息子らにブログ書いてること言ってないんだったーーー。
恥ずかしいから、もう少し黙っとこ。

その意気や良し

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先日ね、かつての教え子が香川を離れ東京の病院で働くことになったということで、送別会? 壮行会? を本人を含め4人という超少人数で行いました。

 

彼はとても印象深い生徒で、理工系の大学を出て社会経験を積んでから看護の道に入ったという異色の経歴の持ち主です。
授業態度はマジメそのもの。

 

私が当時担当していた在宅看護の授業って、何故か必ず午後イチで。
おなかも満たされ…かなり睡眠学習的な…言い換えれば居眠りするためにあるような科目らしく、一部の生徒たちは毎回すやすや~。
やつら『私語で他の生徒に迷惑になるくらいなら寝てた方がマシ』っていう私の言葉を真に受けてホントに熟睡するんやもん。
1人も単位を落とさなかったのは、ひとえに私の努力のたまものです、たぶん。(どやぁ)

 

話を戻しますが、そんな中でも常に真剣に私の授業を聞いてくれていた彼のような生徒は、やはり心の支えっていうかね。
往々にしてそういう人がクラスのまとめ役になるので、在学中は関わる機会も多かったんですけど。
どうやら人付き合いを制限しているらしく、SNSをほとんどしない人だったので、卒業後は疎遠になっていたのです。

 

そして久しぶりの連絡で、東京への就職を知りました。
慣れた職場を離れ、ずっと興味のあった脳卒中看護を学びに行くんだとか。
極めて少ない彼の『香川を離れる前に会っておきたい人リスト』の中に入れてもらえたことがとてもうれしかった。

 

はなむけに何か贈ろうとふと考え付いたものは、私が使っていた聴診器。(はいそこ引かないでー)
使い古しの物を贈るなんてどうなんやろう? って私も考えたんですけど、逆にこれ以上の物はないようにも思えたんですよね。

 

で、彼の反応はどうだったかというと。
とても喜んでくれました。
目を見て『嬉しい』って何回も言ってくれました。
『先生の聴診器なら、いろんなものが聴こえそう』とまで言われました。

 

一瞬、おいまてどういう意味やーってなったんですけど、まあいいかなと。
彼が遠くでしんどい時、辛い時。
本当に私の声援が聴こえたらいいなと思うんですよ。
もし聴こえても怖がらんといてね。

職人気質!

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お元気ですか?
体調はいかがですか?
ウイルスに脅かされてないですか?
例えばインフルエンザAとかあるいはインフルエンザBとかはたまた新型インフルエンザとか。

 

職場で猛威を振るっていたインフルエンザがようやく終息に向かいつつあります。
休んでいる同僚の勤務を引き受けたところ、4連続夜勤プラス夜勤アルバイト2回などというとんでもないことになってしまい、40代のなまった体にはかなり過酷だと気づいた次第であります。(頑張ったのに叱られまくる40歳)

 

植物を触る時間がないって、私の心にはかなり大打撃であることに気づきました。
こんなに花がたくさんあるのにっていうジレンマと戦いながらだったのでなおさらね。
で、引き受けた夜勤の仕事をこなした後に待っていたのは…

 

枯れた苗の片づけ

 

切なかった~
でも激務に明け暮れた私の目は楽しませてくれましたから、百歩譲ってよし。(切り替え激早)

 

植物屋をやり始めて『看護師はいつか辞めるのか?』って聞かれる。
んで『そのうち…』って答えてる。
でも本当にそうなのかな?
そんなにきっぱりはっきり廃業できるもんなのかな~とこのところ考えています。

 

20年以上も携わってきた仕事。
もはやパーソナリティの一部です。

 

私が考える看護師って職人みたいなもの。
この腕一本で日本全国どこへでも行けるっていうか…ずっと長く病院で働いて主任になって師長になってそのまた上にっていう生き方に全く興味が持てなかったというか。
とにかく自分が行きたいと思う方向に自由に進んできた。
そういう生き方ができたのも看護師だったから。
植物屋になったのも、植物の力を借りて人を癒したいと思ったから。

 

今度からは『看護師はいつか辞めるのか?』って聞かれたらこう言おう。
『自分、どこにいても、何をしていても一生看護師ですから(キリッ)』って。

おもしろきこともなき世を

最初にひとこと言わせてください。
香川県が好きです。
景色も人も、香川を好きだと言ってくださる県内外の人も愛してます。
そんな私が、私だけのフィルターを駆使して香川の魅力を語りたいと思います。

 

ご存知の方もおられるかとは思いますが、香川は芸術の里。

 

瀬戸内国際芸術祭とか。

setouchi-artfest.jp


やまなみ芸術祭とか。

かがわ・山なみ芸術祭2016《公式サイト》

 

こういった大々的な取り組みはもちろんなのですが。
個人一人一人の芸術家気質が強いように思います。
なのでね、変態に優しい 人と違うことにとっても寛容です。
私も植物をはじめ、美しいものを一日中でも見つめていられる変態ですけど。
みなさんとっても親切ですよ~。

 

私の親友が師と仰ぐ藤村正宏さん。
(エクスペリエンスマーケティングの第一人者っていうか代表)
この方がよく使う言葉で、私の大好きなフレーズがあるんです。

 

いいね
いいね
ばかだね~(笑)

 

ハイ、この一言に尽きます。
こういうくだらないことをめっちゃ面白がる気質が香川県の風土に根付いている。(ような気がする)

 

だって県の公式なPRがコレだし。

www.my-kagawa.jp

 

この一年間でいろんな人と会う機会に恵まれてきましたが、みんな個性的。
そりゃあ当たり前ですよね、関わり方が濃いんだもん。
一人として同じ人はいないからね。
それは都会でも田舎でも同じなんだけど、関係性のスタンスが違うんだろうね。
そういう濃い関係をしら~っとした目で見る人もいることはいます。
でも気にしない。
だって楽しいから。

 

まあね、何が言いたかったかというと。
この仁尾の海を見てよ! ってことかな。

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冬ですよ、冬。
なのにこんなに美しい夕焼け。
この景色を見るだけでも、香川に来る価値はあると思います。

Google マップ