ポンコツナースの言い訳

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さて、引っ越し準備も佳境に入ってまいりました。
28日に決行されますが、27日までがっつり仕事です。
「バカじゃないの?」って声が聞こえたような気がしましたが、空耳でしょう。

 

そして仕事後の私はもう人として間違っている。
たぶんあなたが何気なく私の部屋に足を踏み入れたなら、「ひっ」と軽く悲鳴があがるに違いありません。
死体のような私が転がってますので。
疲れすぎてリビングで意識喪失とか、部活後の中学生かよ。

 

今私が働く病院は200床程度の小〜中規模の個人病院(急性期)です。
語弊があるかもしれないけど、まるで野戦病院のよう。
多い時にはひとつの病棟で10件以上の入退院があり、5件~7件の心臓カテーテル検査があり、3〜5件のオペ出し&オペ迎え。
飛んで来る球をひたすら打ち続けている感覚すらします。
最後のほうはもう笑いを通り越して泣きたくなるから。

 

私ってナースだよね。
うん、そうそう忘れるところだった。
私たちほど看護することに飢えているナースもいないだろう。
看護がしたい。
忙しさを理由にしてはいけない。
わかってる…わかってるんだけど。
「ちょ! まてよ!」 とキムタクばりに経営陣の方々へ物申したいことがある。

 

 

 

 

 

こっちが死んじゃうよ!!!

 

以上です。
すっかり体育会系ナースになってしまったumicoより。

 

 

 

ロマンティックが止まらない

ナースが政治のことを考えてなぜ悪い!
ってわけで今日は最近気になったニュースについてめちゃめちゃ個人的な意見を書いてみたいと思う。

 

最初に言っておきたいことは、私はジブリアニメを愛していて、20年以上前には「美大に進学して、スタジオジブリに入って、保田道世さんのように色彩設計という仕事をしてみたい!」と本気で思っていた。
紙に描かれた世界に命を吹き込む宮崎駿監督を崇拝していた、と言っても過言ではないと思います。

 

ですが。
先日の安保関連法案に対する宮崎監督の記者会見を見聞きして感じた違和感。

 

「もっと違う方法を考えなくてはならない」←特にここ。

 

たしか『風の谷のナウシカ』も同じようなことを言っていたっけ。
ペジテのおいちゃん:
「ではどうすればいいのだ。このままトルメキアの言いなりになるのか!」

風の谷のナウシカ:
「違う! 違う! アスベル、みんなに言って腐海の生まれた理由を。虫は世界を守ってるって!」(どうすればいいのかまでは言及できていません)
主人公の言葉は、製作者の言葉である。
あれから30年近く経つが、その他の方法とやらは一体いつになったら示されるのだろうかなあと。
人の善なる部分に目を向けるのも結構だが、私たちはファンタジーの世界に生きていない。
死者が生き返ったり、侵略者がいきなり心を入れ替えることもない。
理想を語るだけなら誰にでもできるのである。

 

宮崎監督に影響を受けてきた人、影響される人はたくさんいるだろう。
それがいいとか悪いとかの話ではない。
監督は今の首相を愚劣だと酷評したが、私はむしろこの記者会見に監督の驕りを感じてしまった。

 

歴史は動く。
あなたが好むと好まざるにかかわらず。
ならばその流れの中で出来うる最善を尽くす生き方を選択したい。

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見るなよ! 絶対に見るなよ!

今日はちょっと毛色を変えた話をしてみたいと思います。

 

私は今、umicoという名前でブログを書いていますが…umico → 海子 → 洋子ってな具合で本名は洋子です。
そこはかとなく昭和の香りがする名前ですが、「海のような広い心を持った人間に」という父の願いが込められていて、とても大切な名前。

 

ずっと昔、今でいうところのスピリチュアル系の人に言われた、強く印象に残っている言葉があって。
「あなたを護っているのは、トヨタマヒメですよ」と。
その時は、は? 誰それ? って感じだったんですけど、最近全く別の人から同じことを言われたんですよね。で、調べてみた。

 

古事記に出てくる、ワタツミノ神(綿津見神=海神)の娘の(トヨタマヒメ)豊玉毘売。

kojiki.co
これは余談ですが、古事記は3部構成されていて、その最初の1部は神代の時代のお話です。
もちろんファンタジーではあるのだけれど、どの神様も人間臭くておおらかで、突っ込みどころ満載で、読み物としてとても楽しい。
一度は読まれることをおすすめします。

 

さて、真偽のほどは不明ですが、トヨタマヒメなる人物に守られているっていうんだったらそうなのかもしれません。(じゃあなんで私はカナヅチなんだろか…と微妙に納得いかないのだけれど)そういうことにしておきましょう。
それにしても、私はつくづく海に縁が深いらしい。

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世界は広く寛容だった

umico-mare.hatenablog.com

↑ ↑ ↑

さて、前回私のデタラメ看護教員っぷりを暴露してしまったわけですけども。
そもそも在宅看護ってなんぞや? という話をしたいと思います。(そこから?)

 

皆さんが一番なじみのある看護っていうのは、病院やクリニックで出会うナースが行っている『施設看護』ですね。では『在宅看護』は当然、在宅で行われる看護であるわけです。
この在宅という概念…皆さんの頭の中では、三世代が住む大家族で長男の嫁が舅や姑のお世話をしているところにナースが「こんにちわ~」と登場する場面が展開されているかもしれません。
でも実際は、生活の場すべてが在宅であると考えます。
自宅が一戸建てであろうがマンションの最上階であろうが、たとえ特養や老健に入所していたとしてもです。
そして在宅看護を受ける人は高齢者だけでなく、生まれてから亡くなるまでのすべての年代の人達とその家族が対象となります。

 

つまり、在宅看護ってあほみたいに世界が広いんですね。
今までどれほど狭い世界で物事を考えていたかを思い知りました。

 

訪問看護ステーションでの最終日、思い切って所長さんにたずねてみたことがあります。ずっと私の心に引っかかっていたこと。
「私、リコンしていて。つまり婚家と夫の親の面倒をみるという選択肢を捨てた人間に在宅看護を教える資格があるのでしょうか」と。

 

そしたら所長さんはこう答えました。
「じゃあ、世間体を気にして苦しんでいる人たちの気持ちも、義理の親のお世話をしている人たちの大変さもわかるからいいじゃない。嫁が面倒を見るのが当たり前と思う人は今でも多いよ。」

 

固定観念から解放された瞬間でした。
いろんな価値観があって、いろんな家族の歴史がある。
何を正解とするかは、その人、その家族が選択していくことなんですね。
いや~在宅って奥が深いですね。
それではまた。

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もうひとつの世界

在宅看護のカリスマ教員だったumicoです。(大嘘)

看護学校に勤務することになった時のこと。
当然担当教科があるわけですが、私が担当することになったのが、在宅看護で。
もう今だから話しますけど、実は経験もない、興味もない、自分にとって一番なじみのない分野でした。
教員とはいっても、いきなり教壇に立つわけではなくて、自分にあてがわれた職員室のデスクで教科書を開き、シラバス(教科の理念や授業計画のことです)を作りながら「どーすんの? どーすんのよワタシ?」と1人焦っておりました。

しかしながらやはり、まったく未経験で教えるわけにはいかないので、まず教員である自らが臨床実習を受けることになったんですね。
まったくの新人気分で、とある訪問看護ステーションでしばらくご厄介になることに。(その節はお世話になりました。)
そこで受けたのが、今までの看護師としての常識が覆される体験の連続だったわけで。ある意味、この衝撃を伝えないと看護の奥深さなんて、みんな一生気づかないんじゃないかと思ってしまうほどでした。

実際の授業でも、「在宅おもしれー!」と自分が感じた体験を生徒に伝える時が、一番反応がよかった。

今振り返ってみると、自分が興味を持てなかった分野だからこそ、在宅看護に興味を持てない、学習意欲が湧かない、だから何を勉強すればいいのかわからないという学生の気持ちが理解できたのかなと。どこでつまづくのか、どうすれば興味が湧くのか…完全に学生目線で臨むことができたのが、逆に良かったように思います。

ま、何が言いたかったのかとゆーと、自分にとって一番の弱みと思っていることが、実は一番の強みになりえるってことです。

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地図にない場所

引っ越しに前向きな気持ちが出てきた今日この頃。
自分の本棚にあるマンガの種類が、昔とは違ってきているなあと。
まず、とにかく量が減りました。
手元に残しておきたいと思える作品だけが残っているという感じがします。

その中でも吉田秋生の『海街diary』は息子たちにもすすめられるなあと思う。
物語が続きながら、一話ずつ完結していくのだけれど、『地図にない場所』っていういじめが題材になっている話がとても良くて。
そこにはいじめられっ子もいじめっ子も出てこない。
実際にいじめについて語られるのもほんの数ページです。

立ちあがってたたみなさい君の悲嘆の地図を

そこに登場する女性の、このたった一言に不登校やいじめられた過去を乗り越えた大人たちからのささやかなエールを感じました。

いじめというのは、大人の世界でも子供の世界でも人の尊厳を奪う卑劣な手段です。
そこに正当化されるべきものは何一つ存在しない。
変わっているから、気持ち悪いから、むかつくから、いじめられる側にも問題はあるから?
問題のない人間なんていないんだよ! ばーか!!!
と言えない皆様にお伝えします。

本当にこの世にはいろんな人がいる。
良心のかけらもない人間というのも残念だけどいるのです。
立ち向かっても無視しても逃げてもいい。どんな手段を使ってでもサバイブしてください。
この闇の向こうに光はあります。

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スーパーファザコン

今日は七夕ですね。
あいにくの雨ではありますが、雨雲の上の宇宙は晴れ渡っていますので、織姫と彦星が再会をはたしていることでしょう。

もし今日一晩だけ会いたい人に会わせてもらえるとしたら…
あなたは誰を選びますか?

私は迷わず亡くなった父を選びます。

詳しい事情は申し上げませんが、非嫡出子であった私は、父から認知されています。
もし私が大人になった時、あまりにも届け出た日が遅いと「望まれて生まれたのではないのではないか」と思わせてしまう! と生まれて1週間以内に届け出てくれたそう。
11の歳の時に母親の再婚が決まり、父に会えなくなるのですが、そのときもこっそりと会いに来てくれました。そして「何か辛いことがあったらいつでも連絡しておいで、会えなくなってもお前のお父さんだから」と。
それが父と交わした最後の会話になりました。

もうおわかりですね?
ここにマジでヤバい気がするレベルのファザコン女が出来上がってしまいました。
父親譲りの笑うとなくなる細い目も全然気にならないし、むしろ一番好きなパーツかもしれない。

今の私があるのはこの父がいてこそ。
次に生まれ変わっても絶対に父の娘に生まれてこようと決めているのです。
娘を溺愛する皆様、その愛情はまったく正しいので自信をもってください!

写真:パキラ・ミルキーウェイ

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たとえばダイヤモンドみたいに

頼まれてもいない恋愛の話をしてみたいと思います。

不惑に到達して何が変わったかっていうと、性欲の衰えが著しい 結婚や恋愛に対する執着が消えつつあるという部分かもしれない。まあ、これは個人差があるので何とも言えませんが。ただいま人生における賢者タイムが訪れております。

ワタシ、こんなかったかなあ…
このまま枯れた感じだったらどないしよ…
とか、思わないわけでもないのですが、今がめっちゃ心地よくて。
煩悩から解き放たれると、人の恋愛話を聞く余裕が違うのか、よく若者から相談を受けるようになりました。
相談されても、答えは一つ「(思う方向へ)行ってみればいいじゃない」しかないんです。無責任発言と取られるかもしれないけど、私は言いたい。

傷つくこと、苦悩することを怖がっていては、恋愛の喜びなんて手に入らない。

極端な話、傷つくために恋愛はあると思うんです。思いが叶うか叶わないかの違いで、常にどちらか一方の思いが強い、片思いみたいなものです。それゆえ悩みが発生するんであって、完全に同じ分量を思い合うことなんて不可能だと思う。
とはいえ叶った時の喜びが大きいからこそ、傷つくとわかっていても人を好きになるのかもしれませんね。
あなたが傷だと思っているものの正体は傷ではない。
心の核のようなものがブラッシュアップされているんだと思う。
あー私も磨かれたいなあ(心の声だだもれ)

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見返りを求めない存在

花が美しいのは何も求めない与えるだけの存在だから。

梅雨も後半に入り、あとは夏の到来を待つばかりとなりました。
コンテナガーデナーにはかなり悩ましい季節。

私が行っているのはコンテナガーデニングという、地植えせずに鉢植えだけで構成された庭づくりです。
コンテナガーデニングで一番の悩みは水やり。
土の量が圧倒的に少ないので、暑い時期はすぐに干上がってしまいます。
朝、たっぷり水やりして出かけても、帰宅するとぐったりして「umicoさん、もう無理です~」な状態の植物たちを見て、ひぃぃぃ~!!! となることもしばしば。
それに加えてベランダでは風通しが悪かったり、日当たりに偏りがあるので、ちょっと油断しただけで害虫や病気が発生して壊滅的な惨状になったりすることも。

それでもやめられないのは植物たちが癒しを与えてくれるから。
こんな無慈悲な私にも許しを与えてくれるから。
結構枯らしちゃったりもするんですが、「ごめんね」って心の中で謝りながらお世話すると「いいよ、いいよ」と答えるように再び美しい姿を見せてくれる。

いつもと同じように世話をしていてもいきなり枯れたりするのは、植物が疲れた人に自分の生命力を与えきってしまうからと言われます。

疲れている人、忙しい人にこそ植物のパワーを感じてもらいたいなあ。

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