召しませ花を

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病名:チョコレート中毒(重症なやつ)

この花を初めて見たとき、雷に打たれたような衝撃が。ひとめぼれってあるのね。その名もチョコレートコスモス・ブラウンルージュ。

ほんのりチョコレートの匂いまでするんですよ~。残念ながらただいま花粉症のため香りを楽しめてないんですが。切り花としても優秀で、とても長持ちします。一輪だけでも飾ると女子としてテンションが上がりますね。

他にも、名前にチョコレートが付く植物は沢山あってですね。

多肉で月兎耳の一種カランコエ・チョコレートソルジャーはふわふわした茶色い葉っぱが可愛い。個人的にグラウンドカバーに強くおすすめしたいアジュガ・チョコレートチップは、ブロンズ葉の宿根草で、青い花がつくと本当に見事です。大好きなアスチルベの仲間のチョコレートショーグンは、花は少し地味ですがシックなカラーリーフで群生しているともの凄い存在感があるので、広い庭があるなら数株まとめて植えると庭の印象がぐっと引き締まります。

あ、もちろん食べるほうのチョコもアレでして・・・まったくダイエットなんて遠い異国のできごとでございます。

美しくて悲しい

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春がきましたね。

この眠りから覚めるような植物の変化は見ていて飽きることがありません。最近は季節の移り変わり方がちょっとおかしいと思うことがありますが、それでも四季のあるこの国に生まれてよかった。春夏秋冬、それぞれに美しさがあって。誰かに見せてあげたいと思うような景色、あなたにもあるでしょう。

でもね、実際に見て感動した景色ほど、写真に撮ってみると、あらら、そうでもない・・・って残念な出来だったりしませんか? ものを見るときの気分やシチュエーションによってズームしたり焦点を合わせたり、ソフトフォーカスがかかったり。人間の眼って高性能だなあ。この芽吹きの写真も、実物はこの何倍も美しかったんですけどね~。「それはお前の腕が悪いだけだろ」って? そうですね、お説ごもっともでございます。

思うような景色を写真に収められない時は、もうひたすら眺めることにしています。そもそも人間の持ってる高性能カメラ(眼のことね)は感情っていうフィルターまであって、人と共有することが難しい。自分にとって心が震えるような瞬間であっても、他の人にとっては何の価値も感じられないこともあります。でもそれは仕方のないこと。それでも誰かに伝えたいと思うから、目の前の景色が美しければ美しいほど少し悲しい。

 

色彩の暴力

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先日、一足お先に花見をしてきました。

染井吉野ではなくて、たぶん江戸彼岸だと思います。淡く紫がかった花びらが幻想的で、早朝たった一人の贅沢な時間でした。満開の染井吉野の下で大勢で愉しむお花見も好きです。だけど最近は足が遠のいている。原因はアレしかない。

ショッキングピンクの提灯と、青いビニールシート。これでもくらえ! ってほどの人工的色彩。

提灯は桜の色に合わせてってところでしょうか・・・いやいやちょっと待って! よーく見てください。桜色を全く引き立てない強い自己主張にウミコドン引き。染井吉野の魅力は集合の美です。花びら一枚一枚は、はかなげに薄くてぼんやりとした色をしているけれど、それがたくさんたくさん重なり合うことであの美しさが完成しているんです。それを・・・あああ~(悶絶)きわめつけに、美味しそうな豪華な料理を、食欲を減退させる効果のある青を使ったシートの上に広げちゃうんです。何故だ!?

はい、ワタシ、そんなことで残念な気持ちになってしまうちっちゃい人間です。

はるか平安の世から、花と言えば桜。それくらい日本人の心の花です。もう少し丁寧に扱って——!!!

笑って

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先日、20年ぶりに交流を再開した旧友たちと再会した。

私にはないもの凄い目力や懐かしい笑顔で、私がこれから始めようとしていることや、このブログに共感し、暖かく応援してくれた。完全に照れてしまい、ろくにお礼も言えずじまいだったけど、ここでこっそり感謝を伝えておきたい。

仲間の1人の「みんなすごいな・・・私なんか何もないよ」という言葉と表情が気になったが、何も言い出せないままに電車の時間が迫り、帰路につくことに。

自分は何のために生まれてきたのか? って存在意義をずっと問い続けて生きてきた私には、その気持ちがよくわかる。いや、完全に理解することは無理でも、彼女の気持ちの輪郭だけを捉えたもどかしさで電車に揺られていた。

自宅にたどり着いた後も、そのゆらゆらは続く。早くに結婚して子供を育て、今までずっと家庭を守ってきた人。自分の言葉で彼女に伝えたいことがあるはずなのに、肝心の言葉が見つからない。誰かが昔、「小説の主人公になる人はほんの一握り。だが、そのストーリーを読む人が存在しなければ・・・」とか何とか言っていたっけ。だけど、自分はこのままでいいのか? っていう焦燥感の前にはそんな言葉、何の慰めにもなりはしないことも知っている。いや、むしろ腹立たしかったような気がする。

だけどあえて言います。

人を純粋に心から応援できるってすごい才能で、だれにでも出来ることではないという事を。

それはあなたの心が綺麗だから。

あなたの人柄によって折れそうな心を支えられている人は、絶対に私一人ではない。

だから笑って。あのころと変わらない笑顔で。

 

 

 

時の流れが違う場所

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風の谷のナウシカ・・・久しぶりに観ました。大人になってから観ると、ちょっと来るものがありますね。感じる所がいっぱいだったのですが、今日は2点だけ。

『ナウシカさんはノーパンなのか問題』

そこ———!? という声が聞こえましたが、気にせず進めます。ずっと前から気になっていた、ナウシカさんはノーパンなのか問題。ごめんなさい、大事なことなのでもう1度言いました。

コレね、ノーパンじゃないんです!!

風の谷の民族衣装です。幼い子供達もみんな同じ色のボトムス着用しています。ナウシカさんだけが、何故かピチピチスキニータイプなだけで。えっ? そんなのもう知ってた? ・・・イヤだなあ。根っからのナウシカファンな私が今日気づいたばっかりな訳ないじゃないか! HAHAHA! ←隠しきれない動揺

『ナウシカさんの秘密の研究室が素敵すぎる件』

もうコレ!  こういう部屋いいなあ〜♡

いつか自宅兼仕事場を作る時はこの部屋を目標にしようと思ってます。一歩足を踏み入れたら、そこだけ空気が違うような。どんなにイライラしていても、深呼吸してみたくなるような。まあ、お茶でも一杯飲んでいってやろうか、と思えるような。そんな場所目指します。

私の庭、時々意図せずキノコが生えますが、もちろんナウシカさんの影響です。(ウソ)

 

道草の途中

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鉄子じゃないよ、ウミコだよ♪ 通勤途中にある線路が素敵で、毎日いいなあと思いながら通っています。

ナースなら授業で必ず習うマズローの欲求5段階説をご存知でしょうか? 人間には 1.生理的欲求 2.安全の欲求 3.所属と愛の欲求 4.承認(尊重)の欲求 5.自己実現の欲求 という5つの基本的欲求があるってやつね。最初の4欲求を欠乏欲求、最後の1つを存在欲求というらしい。で、さらにさらに5段階の欲求階層の上にもうひとつの段階があるって知ってました? 私は知らなかった。

それが「自己超越の段階」なんですって。自己超越って “選ばれし者” みたいでちょっと凄そうなんだけど。うーん、わかるようなわかんないような・・・ま、いっか。自己超越者の特徴をいくつか挙げてみますね。

・統合された意識を持つ(すでにこの段階でイミフ)

・落ち着いていて、瞑想的な認知をする

・深い洞察を得た経験が、これまでにある

・他者の不幸に罪悪感を抱く

・創造的である

・謙虚である

・聡明である

・多視点的な思考ができる

・外見は普通である

でもこうやってみると、自己超越してる人ってそれほど面白くないな。

超越なんかしなくていいから、いつでも道草の途中の子どもみたいに楽しんで生きたい。

ナイチンゲール先輩

“ われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん

わが生涯を清く過ごしわが任務を忠実に尽くさんことを

われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち

悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし

われはわが力の限りわが任務の標準を高くせんことを努むべし

わが任務にあたりて取り扱える人々の私事のすべて

わが知りえたる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし

われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん”

↑ ↑ ↑

これはナイチンゲール誓詞といって、戴帽式(現在では宣誓式)で暗唱される誓いの言葉です。でも実際はナイチンゲールの言葉ではないのよね。

ナイチンゲールが看護の道を目指した当時、ナースは病人の世話をする単なる召使と見られていて、専門知識の必要がない職業と位置づけられていたんです。彼女はクリミア戦争でイギリス軍に従軍し、負傷兵たちへの献身や統計に基づく医療衛生革命を行い、帰国後は看護教育にも貢献しました。

必要であれば相手が誰であっても直言を厭わない姿勢と、その働きぶりから、「ランプの貴婦人」「クリミアの天使」と呼ばれ、ナースが白衣の天使と呼ばれるのは彼女の偉業に由来しています。でもナイチンゲールはそういったイメージで見られることを喜ばず、こう言っています。

「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」

いや~すごいわ。(尊敬のまなざし)

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もうひとつの力

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妖精はいます!

ああ~待って、救急車呼ばないで。私は大丈夫。

今でこそ、架空の存在という距離感ではあるけども、子供のころは当たり前に信じていた、妖精や小人や妖怪の世界。道草をしながら小さな野の花や草の実や石垣の隙間に生えている苔を見つけては、これは神様が妖精のために作ったモノに違いないと思っていました。うーん・・・書けば書くほど心配になってきた。本当に大丈夫か?私。

だけど病院で働いていると、やっぱりシックスセンスというものはあるんだなあって思う出来事があったりする。そんな怪談話のようなおどろおどろしいものばかりじゃなくてね、こころがほっこりするような。あまり他人には話しませんが、いわゆる虫の知らせや、挨拶に来てくれたのね系のできごとはまあまあ起こります。祈りの力も確実に存在します。・・・そろそろヤバい人認定されそうなのでこれ以上は申し上げませんが。

最近は精神世界に傾いた人を「スピってる」とか揶揄したりするけども、目に見えるものしか信じない人生というのはあまりにも寂しい。そのバランスが難しいのかな。目には見えないものを信じる力を持っている人は、感謝する心を自然と持てる人だと思うんです。物質的世界と精神的世界のバランスが取れている人は話せばすぐにわかる。本当に純粋で魅力的だから。

元始 女性は

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生物学的にどうなのか知りませんが、男性と女性では圧倒的に女性のほうが強いです。精神が。

平均寿命なんてそれをよく表している。病院で働いてるとですね、ご主人が亡くなった後の奥様方がどんなにいきいきと病院ライフを過ごしておられることか・・・おっと、知らないほうがいいこともありますからね、これ以上は止めておきましょう。その代りにと言っちゃあなんだけど、男性は強靭な肉体や腕力を与えられたんじゃなかろうか。

男女平等の名のもとに無茶苦茶な主張がまかり通っている昨今ですが。そもそも男女は体の構造はもちろんのこと、脳の形状からして違うのにね。そりゃあこれだけの数の人間がいれば、仕事に生きたい女性も家事を好む男性もいますよ。性差と個性は全く別次元のシロモノです。

残念ですが、こちらが女であるというだけで見下してくる男性もいますし、理不尽な扱いを腹立たしく感じることもあります。人間だもの。そう、いろんな人がいて当然。そうじゃなきゃ世の中面白くないじゃない。差別差別と、ことさらに騒ぎ立てる人のほうが差別的思考の持ち主だったりします。

平等じゃなくて対等。男女の違いを認めたうえで、人間として正しく接する。違う視点でものを見たり、お互い足りない部分を補いながら生きていけたら。もっと脳みそを柔らかくして生きたほうが楽しいと思うんだけどなあ。そう思いません?(写真は本日のテーマをイメージして選びました)

 

そんな季節

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香川に帰っていました。

瀬戸大橋を渡りながら見る瀬戸内海や坂出の工場の灯りは本当に美しいのですが、車を運転しながら撮影できないので写真をお見せできなくて残念です。

人間の心にも季節のようなものがあって、ただいま思春期ど真ん中の次男はムカついてばかり。言葉で人を攻撃するタイプのようで、他の家族や兄弟間の折り合いもよくないらしい。でもまあ、この程度の荒れなら瀬戸内の波くらいかな。時期が来れば止むだろうし、遭難の心配はなさそうです。だけど息子の成長過程に少しは影響を与えないと、リコンして離れて暮らしているとはいえ母としての存在価値が・・・と思って諭すことに。

今はムカつくことが多いんだろうけど。そう感じる心をあなたが持っているのと同じように、相手にも心があるんだよ。だからもう少し考えて発言したほうがいい。

反発されるかもと思いましたが、意外にも素直にうなづいていました。

小さい頃、ぬいぐるみや寝ている兄弟にそっと毛布をかけていた姿を知っている母は、彼の心の根底にある優しさを信じています。だから今すぐ行動に移せなくても、考えるきっかけになればと思う。離れているからこそ見えること、離れているからこそ聞けることもあるのかなあ・・・なんて、自分の中の罪悪感をなだめながらつぶやいています。